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市民公開講座
【クローン病とクローン病に伴う痔瘻】
座長
江﨑 幹宏先生
佐賀大学医学部附属病院 消化器内科 教授
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公演❶
クローン病の疾患と治療選択肢について
演者猿田 雅之先生東京慈恵会医科大学 内科学講座 消化器・肝臓内科 主任教授東京慈恵会医科大学 内科学講座 消化器・肝臓内科 主任教授クローン病の病態と治療のポイント
日本人におけるクローン病の特徴として、肛門病変を合併することが非常に多いことが知られています。日本で最近行われた前向きに検討された論文では、欧米での肛門病変の合併率が20~25%という報告に対して、日本においては48.9%と、実に2人に1人のクローン病患者さんが肛門に悩みを持っていることが分かりました。
また、クローン病は、基本的に活動期と寛解期を繰り返しながら経過し、大腸あるいは小腸の炎症が腸管の壁全体に起こることから、消化管にダメージが蓄積していきます。ダメージが蓄積すると、食べ物の通りが悪くなる狭窄や瘻孔、あるいは膿が溜まる膿瘍が生じ、最終的には手術が複数回必要となることもあります。さらに近年、腸管以外の全身に炎症を起こす「腸管外合併症」も注目され、腸の症状が落ち着いているにもかかわらず全身症状に悩む方もいらっしゃるので、その評価や治療も必要になります。
クローン病における治療の現状
現在クローン病では、適切な治療機会(‘window of opportunity’)に診断をして、適切な治療を選び疾患活動性を抑え込むことが大切である、という考え方が重視されています。さらに、短期的、中期的、あるいは長期的に治療目標を決めて、それに見合った適切な薬剤を合わせて使う「STRIDE-Ⅱ」という炎症性腸疾患(IBD)の治療目標が示され、全世界的に統一された治療が行われつつあります。また、毎年更新されるクローン病の治療指針では、症状と活動度、あるいは合併症の程度など、状況ごとに分けて治療方針を示すことにより、全国の先生方に分かりやすく、そして均一な治療法を提案しています。特にフローチャートを用いることで「なるべくシンプルに分かりやすく」を目指しながら、患者さんがどういう状況だったらどんな薬剤を使えばいいのかということを、ビジュアル化し提示しています。このようなフローチャートが必要になるほど、クローン病では様々な薬剤選択がありますが、この薬剤による治療の歴史を革新的に変えたのは生物学的製剤の登場といわれています。
文献
- ・Matsuoka K, et al. J Gastroenterol. 2022 Aug 5.doi: 10.1007/s00535-022-01907-2.
- ・Pariente B, et al: Inflamm Bowel Dis. 2011;17:1415-1422
- ・Louis E, et al.: Gut, 49, 6, 777-782 (2001)
- ・Turner D, et al. Gastroenterology 2021;S0016-5085(20)35572-4.
- ・厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」(久松班) 令和4年度分担研究報告書
- ・Targan SR, et al. N Eng J Med 1997;337:1029–35.
- ・Journal of Crohn's and Colitis 2015:830–836
- ・Nature Immunology 2019;20:970–979
- ・Sandborn WJ, et al.: N Engl J Med 2013; 369(8):711-721
- ・Singh S, et al.: mAbs, 7: 4, 778-791 (2015)
- ・DelaRosa O, et al.: Tissue Eng Part A. 2009; 15(10): 2795-2806.
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講演❷
知っておきたい!クローン病の痔瘻について
演者太田 章比古先生医療法人 愛和会 家田病院 副院長・IBD部長医療法人 愛和会 家田病院 副院長・IBD部長肛門部病変の概要と診療の実際
クローン病では、下痢、腹痛、痔瘻や肛門の痛みといった症状があり、お尻にいろいろな傷ができたり膿が溜まったりすることで発症する肛門病変の頻度が非常に高くなっています。肛門病変と一口に言っても様々な病態があり、膿が溜まることで膿の道ができてしまう痔瘻が最も多く、それと同時に肛門自体にクローン病変ができてくると潰瘍、縦走潰瘍のようなものが肛門にでき、それに伴って皮垂という皮膚のたるみができてくるという症状も多く見られます。
実際の診察では、まず見ることが一番大事で、お尻に指を入れて内側に膿が溜まっていないかしこりがないか、肛門鏡を入れていぼ痔や切れ痔がないかを診察します。肛門には様々な筋肉が付いており、基本的には便が漏れないように普段は閉まっていて、便を出すときに筋肉が緩んで便を出してくれるという機能を持っているのですが、痔瘻になるとその筋肉を貫くような形で膿が溜まってきます。従って、痔瘻の場合は放置しても治らないので手術という形になるのですが、お尻の筋肉をできるだけ損傷しないような形で、汚い膿の溜まっているところを取り除くような手術を通常行います。ただ潰瘍が様々なところにあり、お尻を締めている括約筋を全て取り除くとお尻が緩んでしまう状態になり非常に危険です。そのようなことが懸念される場合、シートンといったゴム輪のような管をお尻と膿の出口のところにつなぐ形で通し、できるだけ肛門狭窄あるいは肛門の機能を温存する治療を行います。クローン病に伴う痔瘻の治療
この痔瘻に対する治療目標ですが、短期的には腫れたり膿が溜まったりすることに伴う痛みを取る症状の緩和が目標になります。長期的にはQOLの改善や便失禁の予防をすることで、放置して悪化することのないよう人工肛門にできるだけならないように長期目標を立てて治療を行います。また、複雑な痔瘻を長期間放置するとがん化のリスクが高く、そのリスクを低減させる治療も目標になってきます。
具体的な治療としては、軽いうちは抗菌剤あるいはクローン病の治療を行いますが、膿が大きくなり繰り返す場合には切開してそこにシートンを入れます。さらにひどくなった場合には様々な外科的治療を工夫してシートンを入れて、バイオ製剤を追加もしくは増量するという治療を選択します。また、最近クローン病の治療では再生医療等製品といった、間葉系幹細胞という細胞を培養し、それを痔瘻の部分に打つことによる治療が行われるようになってきています。ただ、全ての痔瘻に対して使えるわけではなく、クローン病が落ち着いている、またバイオ製剤を使ってもなかなか痔瘻のコントロールがつかない、ひどい炎症や癌がないという患者さん側の条件と、医療従事者側としては、特殊な治療であることからある程度クローン病や痔瘻に対しての深い知識がある専門の先生が使うという条件があります。今後、非常に期待できる分野ですので、お尻で悩んでいる患者さんは専門の先生に一度ご相談いただければと思います。
お尻というのはなかなか人に相談しづらい場所ですが、どうしても自覚症状として痛かったり、匂いがあったり、便が漏れたりと、いろいろと困ることがあると思います。医療従事者側としても、患者さんがお尻のことで悩み普通の生活を断念したり日常生活でいろいろ苦労したりすることがないよう、医療を提供していきたいと思っていますので、できるだけ一人で抱えずに周りに相談できる方がいれば相談して、痔瘻があっても普通の人と同じような生活ができるようにしていきたいと思っています。文献
- ・東大二郎, 二見喜太郎: 現場のエキスパートが教える実践!IBD診療(渡辺守総編集), 20-29, 医学出版, 2014.
- ・高橋賢一 他: Medical Practice. 2016; 33(5): 761-756.
- ・中村志郎ほか. 難治性炎症性腸管障害に関する調査研究(鈴木班) 平成29年度総括・分担研究報告書. 2018; p72-73
- ・Gecse KB, et al.: Gut. 2014; 63(9): 1381-1392
- ・Yassin NA, et al.: Aliment Pharmacol Ther. 2014; 40(7): 741-749
- ・Singer NG, et al.: Annu Rev Pathol. 2011; 6: 457-478.
- ・Wang et al.: J Biomed Sci. 2016; 23(1): 76.
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講演❸
外来における看護師とのコミュニケーション方法
演者阪上 佳誉子先生医療法人錦秀会 インフュージョンクリニック 看護課長医療法人錦秀会 インフュージョンクリニック 看護課長診察前後の看護師の役割
IBDの治療は年々高度に変わり、入院期間も短くなり、よりクリニックにおける包括的看護が必要になってきています。目の前の患者さんの病状、生活状況、不安、今後起こり得る問題点など、アセスメントを通して患者さんのセルフケアの向上を目指すために療養環境の調整、生活指導やメンタルケア、治療が変わっていく中での治療選択の意思決定に対する支援など、看護の視点からできることが大変重要な役割を担っています。
診察時に看護師が患者さんをアシストすることを目的とした、当院でのコミュニケーションを紹介します。 まず、来院された全ての患者さんに問診を取らせてもらいます。「肛門部の病変・症状はありますか」や「瘻孔がありますか」という患者さんが口頭で言いにくい質問に対して○を付けてもらい、異常の早期発見につなげて看護師から診察前にお話しができるツールも活用しています。
そして内科初診時の取り組みでは、診察の最後に肛門病変の確認もしております。カーテンやバスタオルでプライバシーの保護に配慮したうえでお尻の撮影もしており、今後の評価にも使用しています。
続いて診察前のフォローでは、中には診察を拒否する患者さんもおり、そのような時には無理強いすることなく「診察の前に少しお時間があるので、良かったらトイレに行ってもらっていいですよ」と勧めたり、時には「次回にしましょうか」と次回の診察の予約をすることもあります。また、女性の肛門病変に対しては、膣瘻などがあるので、周りに他の患者さんがいないことをしっかりと確認をして、おりものの色や性状についても伺っていきます。他にも、薬を飲めているかアドヒアランスの確認や、シートンのずれによって痛みが出ているときには便の出にくさや性状などを詳しく確認して、医師の診察につなげる役割も看護師がしています。
最後に、診察後では、今後クローン病と長く付き合っていかなければいけない患者さんに対して、一度だけの診察で終わるのではなく、次にまた来院したときに先生から指導を受けた内容が継続できているかということを継続的にフォローアップしていく必要があり、それも看護師の役割としています。看護師間の情報共有のポイント
初診の患者さんは全て看護師が面談やオリエンテーションを実施して、クリニック全てのスタッフが同じ情報を共有して患者さんと関わっています。特にバイオ製剤の初回導入から寛解までは同じスタッフが関わるようにしており、投与の記録や体調悪化など看護記録を残しスタッフ内で共有しています。また、待ち時間が長くあるときには必ず看護師が声掛けをして診察へ同席したり、帰宅した後の体調悪化などに関する電話相談も受けており、患者さんの体調の把握に努めています。そして、毎朝多職種でのカンファレンスを開催するというのもナース間の情報共有のポイントで、テーマを決めてナース同士でカンファレンスや勉強会を開催しています。看護師も意識高く患者さんと関わりたいという思いを持ち、常にアカデミアの先生方と一緒に研究していくことも大切だと考えています。
さらに患者さんのニーズを捉えるために、肛門病変があって辛いという患者さんには、特に電話での対応も大切にしており、早期発見や悪化を防ぐことにもつなげています。電話の対応としては、患者さんおよびご家族の方がくださるお電話に対応していくのですが、再燃時の電話相談、アセスメント助言へのアクセス、そして緊急時の診察や入院が必要かどうかという対応を医師と共に行っています。
肛門病変は患者さんにとってもつらく、プライバシーにも関わってくることですので、患者さんの言いづらさを引き出せる関わりが大切だと、コミュニケーションや情報共有を通して心がけています。 -
講演❹
実地医家におけるIBD治療の実際〜難病法改訂を踏まえて〜
演者横山 正先生よこやまIBDクリニック 院長よこやまIBDクリニック 院長難病法の改正など医療制度の動き
また、難病と小児慢性データベースにについて、臨床調査個人票の取扱いに関しての変更も予定されています。今までは指定医の先生が様式をダウンロードし作成した書類を患者さんが自治体へ持参し、またそこで電子データとして取り込まれ登録されてきました。ですが今後は、医療機関から直接オンライン登録を行い、患者さんは指定医から受け取ったアクセスキー付きの臨床調査個人票を自治体に持参することで内容確認と申請を行う流れに変更が予定されています。
病診連携と基本治療の重要性
世界的に行われたIMPACT Studyにおいて「IBDにより仕事を休んだことがある場合、その主な原因は何でしたか」という質問に対して、一番多かったのは「通常の診察予約で病院に行くこと」でした。すなわち、利便性という面で土曜日や夕方も診療しているクリニックの存在自体が両立支援につながってくるということも考えられます。現在の診療体制として、大学病院、一般病院、IBD専門クリニック、一般クリニックと基本的には4段階ありますが、患者さんの利便性を最大限高めるためにも、医療の質と安全性を担保しつつ医療連携をしていくことが非常に重要となっています。文献
- ・厚生労働省 難病・小慢合同委員会資料【R4.7.27】 https://www.mhlw.go.jp/content/10905000/000968965.pdf
- ・厚生労働省(治療と仕事の両立について)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000115267.html
- ・Ueno F, et al.: J Gastroenterol. 2017; 52(5): 555–567.