IBDステーション〜炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎・クローン病)の情報サイト

潰瘍性大腸炎、クローン病と共に歩む

IBD患者さんに寄り添う社会を目指して

IBD患者さんの声

プロバスケットボール選手の原修太と岸本隆一が
潰瘍性大腸炎になって初めて気づいたこと。

ツイート SHARE ラインで送る トイレ検索
原修太選手、岸本隆一選手画像
左から原修太選手、岸本隆一選手

(Number Webより転載:文・矢内由美子/写真・杉山拓也)

「IBD(Inflammatory Bowel Disease:炎症性腸疾患)」という腸の難病がある。潰瘍性大腸炎とクローン病の総称で、腸を中心とする消化管粘膜に炎症が生じる病気だ。10代から20代で発症する※1ことが比較的多く、頻回の下痢や血便、腹痛、発熱、慢性疲労に悩まされている患者は、約29万人※2(潰瘍性大腸炎22万人、クローン病7万人)と推計されている。IBDの推計患者数は指定難病の中で最多だ。ところが、腸の疾患ゆえ外見からはわかりづらく、日常生活でどのようなことに困っているのかが伝わりにくいという悩みがある。

潰瘍性大腸炎を有することを公表しているプロバスケットボールリーグBリーグ千葉ジェッツの原修太選手と琉球ゴールデンキングスの岸本隆一選手に、IBD患者のリアルな悩みや周囲に知ってほしいことなどについて語ってもらった。

  • ※1

    難病情報センター 
    潰瘍性大腸炎:https://www.nanbyou.or.jp/entry/62
    クローン病:https://www.nanbyou.or.jp/entry/81

  • ※2

    Nishiwaki Y et al; National Epidemiological Survey on Prevalence of Ulcerative Colitis and Crohn's Disease: Report of the Results of the Survey, Health Labor Science Research Grants-in-Aid for Scientific Research, 62-76: 2017

原修太選手のケース

原選手が潰瘍性大腸炎と診断されたのは2018年8月。

「その半年ほど前から、トイレに行く回数が増えたり血便が出たりする症状が出始めていたのですが、Bリーグのシーズンは5月まであるし、オフを終えると次のシーズンへ向けての練習が始まるため、人には言いづらい部分もあってしばらくは我慢していました」

すると症状が悪化した。

「入院する1カ月前くらいから体がだるく、高熱が続くようになりました。ドクターに相談して病院に行って検査したらその日のうちに即入院。約1カ月間入院することになりました」

潰瘍性大腸炎の症状で特に困ったのは、頻繁にもよおす下痢と腹痛。5分置きに便意を感じるほど回数が多かったという。

「試合中に急にトイレになんて行けませんし、練習や移動のバスも同じです。水を飲んだらお腹が痛くなるので飲まずに練習をすると、飲まないからパフォーマンスがどんどん落ちるという悪循環。だから、病名を知った時は、ここから良くなるしかないとポジティブに捉えることができましたが、1カ月もの間バスケをやらないのは人生で初めてだったので、不安はありました」

原修太選手画像
千葉ジェッツの原修太選手。8月25日から沖縄などで開かれたバスケットボールワールドカップの日本代表にも選出された。

9月に退院した後は適切なリハビリのおかげで11月から試合に復帰できた。ところが、それから3カ月ほどたつと病気が再燃した。今度はしっかりと治療しなければいけないということで、シーズン終了時の19年5月から約6週間の完全休養を取った。すると、このタイミングで別の治療方法を取り入れた効果も出て、ようやく症状が落ち着いた。現在も2カ月に一度は点滴を打つなど病気との付き合いは続いているが、2022-23シーズンは念願のベストディフェンダー賞を受賞し、レギュラーシーズンベストファイブにも選出されたほか、6月にはFIBAワールドカップの日本代表に選出されるなどトップアスリートとして活躍している。

「今、心がけているのは良い意味での適当。ドクターからはストレスが一番の敵だと言われています。以前は思い詰めることもありましたが、病気を機にポジティブに考えるようになりましたし、休みの日は完全に休んでバスケから離れるなど、気持ちの面でリフレッシュをすることを意識しています」という。

岸本隆一選手のケース

岸本選手が体調の変化を感じたのは2020年3月のことだった。

「お腹がくだる状況が2週間ぐらい続いて、微熱もありました。トイレは1日10回前後から始まってさらに増えました」

20年3月といえば、世界中に新型コロナウイルス感染症が広がり、日本でもBリーグなどスポーツイベントが中止になっていった時期。下痢や微熱の症状が出た岸本選手が最初に疑ったのはコロナだった。しかし、結果は違った。

「病院へ行ったら、4月に内視鏡の精密検査を受けることになり、あれよあれよという間に入院。早めの段階で見つかったことから10日ほどで退院できましたが、社会が変化している中で自分自身も病気になり、不安な気持ちが続きました。ただ、逆に言えば競技生活の面ではその頃は試合がなかったので、休むことに専念しやすかったとは思います」

退院してから1カ月後の5月に潰瘍性大腸炎であることを公表。すると、原選手からすぐに連絡が来た。

「すごく心強かったです。原選手にどんな薬を使っているのか、どんな症状だったのかなどいろいろ聞けましたし、僕とは少なからず違いがあったので情報交換することができて、孤独感がなくなりました」

岸本隆一選手画像
琉球ゴールデンキングスの岸本隆一選手。2022-23シーズンはBリーグ優勝を果たした。

退院した当初は75キロあった体重が66キロまで減っていたが、その後1カ月ほどで72キロまで戻り、日常生活に支障がないレベルまでは体力が回復した。チーム練習には8月頃から参加。しかし、最後の3キロがどうしても戻らず、10月のBリーグ2020-21シーズン開幕時には思い通りの身体からはほど遠かった。

「でも、コロナ禍でバスケットが普通にできているだけですごく楽しかったんです。こんな状態でも試合を迎えられるという幸せを感じていました」

岸本選手は26歳だった16年に日本代表に初選出され、その後は招集されない時期もあったが、22年に代表復帰を果たした。そして、2022-23シーズンには琉球ゴールデンキングスでBリーグ初優勝を飾っている。

「22年に代表に選んでもらった時は、人生は分からないものだなと思いました。僕は病気をきっかけに人生観が変わり、受け入れる力を身につけることができたと思っています。病気後は単純にプレーできる歓びがあり、ミスすらもありがたく感じたほどです。だから、病気をしても以前と同じくらい希望もたくさんあるなと感じました」

食生活への影響

IBDの治療では腸に負担をかけない食事を心がけることが大切だ。症状が落ち着いている時期はバランスの良い食事をしていれば厳しい食事制限をしなくてもいい場合があるが、それでも暴飲暴食や過度の香辛料などの刺激物の摂取は避けることが望ましい。また、食事には個人差がある。症状が強い時期は食べ物を摂らず、点滴などで水分や栄養補給をすることもある。

原選手は現在、どのような食事をしているのだろうか。

「脂質の多い食材など、病院で避けるように言われたものはもともと避けていたのであまり苦にはなりませんでした。ただ、消化に悪いものや辛いもの、脂っこいものは摂らないのが一番ですが、アスリートなので肉も食べるし、体作りもしなければいけません。ですから、バランスよく食事をすることを心がけていますし、食べられないストレスも良くないので、楽しく食事することを意識しています」

食生活への影響画像
武田薬品とエームサービスが中心となって考案した「IBDreamめし」。IBD患者が食べられる、脂質を抑えたレシピを開発。

一方、ベスト体重まで戻すことにかなり時間がかかったという岸本選手はこのように語る。

「制限がある中で体重を戻すのは大変で、まずはどの食べ物が自分に合っていて、何が合わないのかを判断するというところから始まりました。分かるようになるまでに1年くらいかかりましたね。試合がある時は冒険できないので、試合がなくて、なおかつ調子の良い時に違うものを食べて試していました」

病気の前後で食べるのをやめたのは辛いものや霜降り肉、チョコレート。おやつは煎餅や団子など和菓子を選ぶようになった。

「でも、どんな時に症状が出るか、ハッキリしないことが多く、そこが難しいところです。どんなに自分を律して生活していても症状が再燃することもあります」と語る。

周囲や社会に知ってほしいこと

IBDは日常生活に大きな影響を及ぼすにもかかわらず、病気についての認知度は低い。日本で患者数が大幅に増えている現状、この先は社会的な理解とサポート環境がより重要になる。

原選手は周囲や社会に知ってもらうことで患者の苦しみが軽減することを望んでいる。自身が病気を公表したときに周囲の理解が生まれてサポート体制が変化し、「みんなに知ってもらえているだけで、練習中にいつでもトイレに行けるし、バスで移動している時でも止まってもらえる。そう思うだけでもすごく気持ちが楽になった」という経験があるからだ。「僕は大人になってから潰瘍性大腸炎になったのですが、学校生活の中でこの病気であることを言えない学生はすごく大変だと思います」とも語るように、特に10代の学生を思いやる気持ちは強い。

「一番はトイレに行くことにみんなが理解を持つこと。特に学校の先生にはしっかり理解してもらい、授業中に手を挙げてトイレに行ける環境をつくってほしいです。知らないと悪気がなくても言葉で傷つけてしまうこともあると思います。いじめなどがあってはなりません」

IBD疾患は原因が明らかではないため、完全な治療法は見つかっていない。

原選手は「僕ももしかしたらまた体調が悪くなるかもしれない。その時は他の人たちに支えてもらったり、他の人から勇気をもらったりして頑張りたい。あと十数年はプロでやりたいと思っているので、バスケットを続けている間は、同じ難病や別の病気で長期療養している子どもたちに勇気を与えられたらいいなと思っています」と力強く語る。事実 、原選手は思いを実行し、2020年から長期療養児の支援を中心とする社会貢献活動「ハラの輪」を開始。潰瘍性大腸炎と闘う子どもたちに夢や希望を与えようと、さまざまな活動を続けている。

岸本選手は入院中、チームメイトから「退院して落ち着いたらまた飲みに行こうよ」とメッセージを貰うのがうれしくもあり、一方で病気が認識されていないと感じることにもつながったという。

「患者さんはあまり気を遣われたくなく、普通に接してほしいものですが、やっぱり病気のことを理解してもらうことは必要です。この病気は、お腹が弱いというレベルではないのです。本当にコントロールできないんです。それくらい我慢できるでしょうと思われがちなのですが、できないから病気なんです。まずはそこを理解してもらいたいです」

周囲や社会に知ってほしいこと画像
IBD疾患は自分ではコントロールできない病気だということを理解してほしいと語る岸本選手。

岸本選手にはコンビニや飲食店にもっとトイレを貸し出してほしいという願いがある。

「IBD患者はどこへ行ってもまずトイレの場所を探します。病気と向き合っているだけでももう十分戦っているんです。コンビニや飲食店でトイレ使用の『OKマーク』のように目印になるものを掲示してもらえたら我々はありがたいです」

また、IBDの当事者に対しては「病気をいちど受け入れ、自分を追い詰めないことが大切」というメッセージを送る。

「この病気を抱えている方の中には、ダメだと分かっていても食べてしまったり、こうしなければいけないと考えたりすることもあると思うのですが、そういう時に自分を責めないでほしい。食事に限らず、いろいろなところで自分を追い詰めないように向き合っていけたらいいのではないかと思います」

原選手は「病気は僕にとって選手としてのターニングポイントでもありました。病気をきっかけに成長できたと思うからです」と語る。岸本選手は「以前の僕は何事もきっちりやるタイプでしたが、病気をきっかけに引き算というか、どれをやらないかを選択するようになり、自分自身を俯瞰して見られるようになりました」とこちらも変化を感じている。2人が病気と向き合いながら競技者としても日本の最高峰の位置でプレーしている姿は、人知れず病気と闘っている多くの人々に勇気を与えるに違いない。なお、武田薬品ではトイレの重要性について考えるきっかけづくりとして、株式会社ローソンと共にIBDの疾患啓発活動を実施し、誰でも快適にトイレが利用できる環境作りに取り組んでいる。

武田薬品のIBD疾患啓発の取り組み

トークイベント
トークイベントの様子。岸本選手を始めとして、ラグビー、格闘技などの選手も参加。代表活動中の原選手はビデオメッセージを寄せた。

武田薬品はIBD患者さんが暮らしやすい社会を目指し、疾患啓発を通じて患者さんに寄り添った取り組みを展開している。活動の一環として、2019年から食事制限の多いIBD患者さんの"食べたい"をかなえる夢のレシピ「IBDreamめし」の開発に取り組んでおり、「アスリート編」のレシピを発表。7月6日には岸本選手をはじめとするIBDを有するアスリートによるトークイベントを開催した。

参加者が口をそろえて話していたのは社会的な認知・理解が重要だということ。IBD患者にとってより良い未来をみんなでつくっていきたい。